箱根旧街道は、江戸と京都を結んだ東海道の一部です。現在も石畳や杉並木、一里塚などが残り、国の史跡として守られています。まずは街道が整えられた背景と、箱根越えが難所とされた理由を紐解いていきましょう。
「HAKONEIKU」江戸時代の旅人気分で歩く。箱根旧街道ハイキングガイド
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杉の木立に包まれた道に、大小さまざまな石が連なる「箱根旧街道」。江戸時代には、大名行列や多くの旅人がこの道を通り、箱根の山を越えていきました。石畳や杉並木に残る歴史をたどりながら、当時の旅に思いを重ねてみませんか。旧街道の成り立ちや見どころ、歩く際の服装と安全のポイントをご紹介します。
Contents
江戸時代の旅人も歩いた箱根旧街道
箱根旧街道とは
箱根旧街道は、小田原宿から箱根宿を経て三島宿へ至る、約八里(約32km)の山道です。小田原から箱根峠までの「東坂」四里と、箱根峠から三島までの「西坂」四里を合わせて「箱根八里」と呼びます。
中世の箱根越えでは、尾根筋を進む湯坂路(鎌倉古道)が主要な道でした。江戸幕府は1604年ごろ、須雲川(すくもがわ)沿いを通る道を東海道として整え、街道には一里ごとに一里塚を設けました。街道沿いには宿場や茶屋、箱根関所も置かれ、人や物が行き交う交通の大動脈として機能していたといわれています。
現在は、箱根町に残る石畳や杉並木をはじめ、畑宿の石畳や一里塚、 静岡県函南町の通称接待茶屋付近の石畳、三島市に残る街道や一里塚などが国の史跡に指定されています。
東海道屈指の難所と呼ばれた理由
箱根旧街道の東坂は、小田原から標高800mを超える箱根峠へ向かって高度を上げていきます。緩やかな平地が少なく、急な上り下りが繰り返される地形は、徒歩で旅をした人々に大きな負担を与えました。
さらに、関東ローム層の土は雨や雪によりぬかるみやすく、すねまで沈むほどの泥道になったということです。
そこで幕府は歩行を助けるため、初めは周辺に繁茂するハコネダケを敷いた竹道を設けましたが、竹は腐りやすく、毎年のように敷き直す必要があったといわれています。その後、竹よりも耐久性のある石畳へと改められ、山中を往来する人々の足元を支えました。
険しい坂、変わりやすい山の天候、ぬかるむ道。いくつもの条件が重なる箱根八里は、東海道屈指の難所として知られるようになりました。
箱根越えに挑んだ旅人たち
東海道を往来したのは、寺社参詣へ向かう庶民や商人、公用の武士、大名行列など、さまざまな人々です。旅の目的や身分は異なっていましたが、多くの旅人が険しい山道を越え、箱根関所を通って先を目指しました。
大名行列も通った道
江戸時代、大名は参勤交代により、国元と江戸を定期的に往来しました。東海道を使う大名行列も箱根八里を通り、家臣や人足、多くの荷物とともに峠を越えました。
畑宿には、参勤交代の大名たちが休息したと伝わる「畑宿本陣茗荷屋跡(ほんじんみょうがやあと)」が残り、この道が大名の旅を支えたことを今に伝えています。
箱根関所では旅人の手形や人相などを確認しましたが、大名行列については、事前に通達が届いていれば、通常の検査を省略する規定がありました。
それでも、大勢の一行が急坂を進むには、宿泊先や荷物の運搬などにも綿密な準備が求められたと考えられています。峠を越える旅人たちにとって、箱根越えは、それほど大きな苦難を伴う道のりだったのです 。
当時の旅人にとっての箱根越え
徒歩が基本だった江戸時代の旅では、草鞋を履き、笠や荷物を携えて長い道のりを進みました。箱根関所の門が開くのは日の出から日の入りまで。小田原宿から向かう旅人は早朝に出発し、急坂を上って関所を目指したといわれています。
道中では、畑宿などの間の村(あいのむら)や、街道沿いの茶屋が休息の場となりました。甘酒でひと息つき、再び石畳へ向かった旅人もいたことでしょう。また、一里塚は、進んだ距離を把握するための目印となりました。
現在は一部区間だけを歩き、バスを利用して移動することも可能ですが、坂の勾配や不規則な石畳は今も残っています。自らの足で進むことで、箱根越えの厳しさや、街道を支えた人々の営みに思いを重ねることができるでしょう。
今も残る歴史の風景を訪ねる
箱根旧街道の魅力は、歴史を資料で学ぶだけでなく、旅人が進んだ道を実際に歩けることです。木々の間に続く石畳と、芦ノ湖畔にそびえる杉並木。足元や周囲の景色に目を向けながら、往時の面影を訪ねてみてはいかがでしょうか。
石畳に刻まれた歴史
箱根八里の西坂では、1680年に一部の竹道を石畳へ改修した記録が残っています。一方、小田原藩が管轄した東坂では、石畳を敷いた正確な年代を示す史料は確認されていませんが、江戸時代後期より前には整備されていたと考えられています。
街道に敷かれた石は大きさも形も一様ではありません。丸みのある石や角張った石が組み合わされ、山の地形に沿って道がつくり上げられています。現在歩ける区間には、江戸時代の石畳が残る場所に加え、発掘調査などをもとに保存・復元整備された場所もあります。
苔や落ち葉をまとった石畳は、季節や天候により表情を変えます。一歩ずつ足元を確かめながら進めば、長い年月にわたって多くの人を受け止めてきた道の重みが伝わってくることでしょう。
箱根旧街道杉並木
元箱根から恩賜箱根公園方面へ、芦ノ湖畔に沿って約500m続くのが「箱根旧街道杉並木」です。江戸時代に植えられたと伝わる杉は、夏の日差しや冬の寒さ、雨風から旅人を守る役割を担いました。
街道の両側には、樹齢を重ねた約400本の杉が連なります。見上げるほど高い幹がつくる深い陰影と、風が枝葉を揺らす音に包まれる道は、往時の面影を色濃く残しています。明治時代には街道の別区間で多くの並木が伐採されましたが、芦ノ湖畔の杉並木は守り継がれ、現在も国指定史跡の一部として大切に保護されています。
木立の間から差し込む光や、足元に伸びる影にも目を向けながら、静かに歩いてみてはいかがでしょうか。
旧街道を歩く前に知っておきたいこと
箱根旧街道には、凹凸のある石畳や坂道など不安定な路面が続きます。歴史ある道を心地よく歩くために、服装や靴の選び方、出発前に確認しておきたい安全のポイントを押さえておきましょう。
歩きやすい服装と靴
石畳には凹凸があり、雨や苔、落ち葉により滑りやすくなります。靴底に凹凸があるトレッキングシューズや、滑りにくく履き慣れた運動靴を選びましょう。ヒールのある靴や、靴底が平らな革靴は避けましょう。
服装は、枝や虫、転倒時の擦り傷から肌を守る長袖・長ズボンが基本です。箱根は標高差が大きく、天候や気温が変わりやすいため、重ね着にすると服装を調整しやすくなります。
帽子を着用し、雨具やタオル、水分、行動食などはリュックに入れましょう。両手を空けて歩けるようにすることも大切です。
安全に楽しむためのポイント
出発前には、天気予報と箱根町が発信する最新の通行情報を確認しましょう。雨の後はぬかるみや水たまりが生じるほか、悪天候によって倒木が発生することもあります。
箱根旧街道の石畳は濡れると滑りやすくなるため、雨天時や雨上がりは足元を確かめながら慎重に進むことが大切です。
また、箱根湯本側のルートには、車やバスの通行量が多く、歩道が設けられていない箇所もあります。石畳や自然歩道だけでなく、車道を歩く区間では周囲の交通にも注意が必要です。
箱根湯本から箱根関所跡まで歩く場合は、案内されている歩行時間に加え、史跡の見学や休憩にかかる時間も見込んでおきましょう。必要に応じてバスも利用すれば、体力や時間に合った区間を選んで歩くことができます。
歴史を感じながら箱根を歩こう
石畳の凹凸や杉の木立は、江戸時代に箱根を越えた人々の道のりを今に伝えています。成り立ちを知ってから歩けば、坂の険しさだけでなく、道沿いの一里塚や茶屋にも、旅を支えた工夫を感じ取れることでしょう。歩きやすい服装と安全への備えを整え、まずは無理のない区間から、箱根旧街道に刻まれた歴史をたどってみてはいかがでしょうか。
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