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第5回:旧型客車から12系まで。―『客車』とその魅力に迫る―


日本で初めて鉄道が開通した1872年(明治5年)、当時の列車はすべて蒸気機関車(SL)が客車を牽引する形態でした。客車という言葉は旅客を乗せる車両全般を指す意味もありますが、このコラムでは機関車に牽引される無動力の車両についてご紹介します。



客車の誕生! ―戦前までの重厚な造り―

乗客が過ごす場所である客車は旅客サービスの品質に直結する場所であることから、時代と共に様々な車両が開発されてきました。鉄道開業時に用いられた車両はイギリスから輸入された車両でこのときすでに上等・中等・下等の3等級制が敷かれていました。現在の車両と比べるとかなり小型で、定員も少ないものでした。上等車で定員18名、下等車でも定員は36名でした。その後国内での製造が行われるようになり、大型化していきます。鉄道の国有化が進められた20世紀初頭以降、それまで会社ごとにバラバラであった車両仕様の統一化が行われ、車両数も増えていきます。

戦前は三等級制がそのまま使われ、形式の中には「イ・ロ・ハ」の文字で等級を表す言葉も入っています。一部丹那トンネル開通後は東京~沼津間で電車も走っていましたが、費用・編成など様々な問題で輸送手段における「列車」は、まだまだ圧倒的に「客車」が主流でした。
客車の標準的な形式は、車端に出入口があり、向かい合わせの2名ずつの席が通路を挟んであり、これは現代まで客車の作りとしては継承されています。床は木製でニスが塗られ、今では考えられない重厚な造りをした車内設計がなされていました。

板張りの車内

▲旧型客車の車内①(屋根の造りがおしゃれですが、背ずりはまだ板張りです・・・)


長距離列車でも活躍はすべて客車で、東京~下関間の「富士」号には、当時の技術を駆使した一等展望車も作られ、現代の「カシオペア」や「トワイライトエクスプレス」「ななつ星」にあるような展望車は昔から憧れの車両だったのです。


戦後復興時期の客車は・・・・

戦災でかなりの車両が焼失し、需要が高まる中で車両不足が生じました。当時、国鉄保有客車数の約6割が、全体が木造の客車であり、ローカル線の普通列車では木造客車が当たり前の状況です。しかしかなりの車両が製造後最低でも20年から40年程度が経過し、全体に老朽化が進行しており、早期に鋼製客車に置き換えることが強く望まれるようになりましたが、当時は戦後の混乱期で短期間のうちに鋼製客車を大量に新製することはコスト的に困難でした。

板張りの車内

▲旧型客車の車内②(名古屋リニア・鉄道館にて)

ようやく混乱期を過ぎ、国鉄では1951年(昭和26年)から急行列車への使用を主体とした客車が製造されるようになりました。これは完全切妻形車体(連結面に後退角がない車体)を採用したため客室の有効面積が拡がり、座席間隔が多少広くなるなど在来形の客車に比して居住性を大幅に改善。座席の背ずりに下半分の詰め物が厚くなり、スプリングも柔らかくなったのもこの頃です。

蒸気機関車でけん引

▲C-11型蒸気機関車にけん引された旧型客車(1972年頃撮影)

板張りの車内

▲EF64型電気機関車にけん引された旧型客車(1974年頃撮影)

客車は軽量化の道へ ―客車車両の全盛期から・・・―

高度経済成長の時代になると、加速・ブレーキ性能が悪い、折り返し時に機関車を入れ替える必要がある、などの理由から電車・気動車が急激に普及し、1958年度をピークに客車は以後減少傾向に転じていきました。 しかし国鉄は、1955年(昭和30年)に10系客車を開発・試作し、量産していきました。この車両は当時軽量化設計で世界をリードしていたスイス国鉄の影響を受けて、梁や柱、台車をプレス一体成型品へ置換えたり、側板厚を削減したり、内装も軽金属や合成樹脂材料を多用して木材をほとんど使わないようにするなど、革新的な設計を導入して従来の鉄道車両に比べて格段の軽量化を実現し、輸送力の増強や車両性能の向上に著しい効果を上げたほか、デザインの面でも大形の窓を備えるなど軽快なスタイルとなり、今までにない客車として国鉄車両に新風を吹き込みました。

八甲田号

▲出発駅を過ぎ、長い旅に出る旧型客車(1976年頃撮影)

板張りの車内

▲旧型客車(1978年頃撮影、当時の車両は主に茶色と青色の混在が多かった)

この車両をベースに、青一色に統一された同一車両での運行をベースとした、以後の客車寝台特急も含めて「ブルートレイン」と呼ばれる20系が造られました。


客車といえば「青」 ―ブルートレイン以降の動き―

20系の「青い車両」はその後の客車に大きな影響を与え、外観も車両を造る上で重要な要素となっていきます。 しかし世の中一般的にこの時期は、電車・気動車が旅客輸送の完全な主力となり、いわゆる客車列車は特殊な存在となってきていました。客車が活躍できる部門は、幹線の寝台列車、ローカル線の通勤通学列車、臨時列車・団体列車などの波動輸送しか残されていませんでした。
そこで1969年(昭和44年)から、急行形座席客車12系客車が製造されました。この車両は当初から冷房装置を搭載し、また自動ドアを客車として初採用するなど、旅客サービス面や安全面の向上に大きな成果を挙げました。また客車のサービス電源(冷暖房用の電源)を床下のディーゼル発電機でまかなう「分散電源方式」を初めて採用したり、他にも2段式ユニット窓やFRP部材を採用するなど、多くの技術面でその後の国鉄客車の基本となりました。

板張りの車内

▲12系客車

その後、波動輸送(臨時列車)用特急形車両として1972年(昭和47年)から14系座席車が製造され、これは臨時特急列車にも使用していた12系は向かい合わせの固定式クロスシートであり、利用者の評判は芳しくなく、特急電車と共通の回転式クロスシートをもつ車内空間の向上を図った車両です。


現在の客車は ―今の時代の生き方―

JRに変わってからは客車の新規製造は少なく、東日本旅客鉄道では24系「夢空間」、「カシオペア」用にE26系を新規投入したのみで、あとは既存の客車の改造にとどまり、九州旅客鉄道がようやく超豪華クルーズトレイン「ななつ星in九州」専用の77系客車を2013年(平成25年)に投入し、久し振りに客車が注目を集めた年でもありました。
しかし、「北斗星」「カシオペア」の廃止、急行「はまなす」廃止により、定期列車の寝台客車は無く、座席車も臨時・イベント列車などその活躍の場所が限られてきています。

板張りの車内

▲復活・リバイバル列車としての運用①(2015年「宇都宮線開業130周年記念号」での一枚)

板張りの車内

▲復活・リバイバル列車としての運用②(東日本旅客鉄道で活躍中の「オハニ36」の車内)

荒川 将人
株式会社 小田急トラベル国内旅行部
「家族で楽しい鉄道旅♪♪」鉄道ファン以外のご家族連れの方にも楽しんで頂けるツアーを、今後も企画していきます。

※ページ内の画像はすべてイメージです。

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