小田急トラベルホーム > 国内旅行 > 新幹線・電車ツアー > 鉄道コラム鉄分120%!!

第3回:鉄道界の絶滅危惧種 その2 
- 国鉄型特急車両『485系』の変遷と終焉 -

昔は日本全国で大活躍!国鉄型特急車の代表“顔”「485系」

1950年代半ば以降、国鉄では地方路線の電化がスタートし、従来の直流電化ではなく、交流電化を採用する路線が増えていきました。当時の特急列車は幹線区間のみの運転から徐々に拡大していき、地方路線まで足を延ばすようになりました。しかし、直流電車は交流電化区間を走行できないため、2種類の電源に対応した列車の製造が急がれたのです。

そこで登場したのが、485系電車です。直流区間と交流区間のどちらも走行が可能になったため、フレキシブルな運用が可能となり、四国を除く各地で運用され、東京・大阪・名古屋などの直流区間の都市圏から交流区間の東北・北陸・九州を結ぶ特急列車を中心に、「日本中どこに行っても走っている」そんな特急列車を代表する車両となりました。 登場当時は前面の長いボンネットが特徴のデザインでしたが、途中からデザインが変更され1960年代から1979年まで製造が続けられたロングセラー車両です。

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲「ひばり」を再現した485系ボンネット車(保存車両)

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲当時を再現した方向幕(保存車両)

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲「雷鳥」として運用された485系

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲「臨時列車」として運用された485系

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲「あいづ」として運用された485系


“顔”をお化粧し多彩な“色”へ変化 -国鉄からJRへ- 

国鉄からJRへの民営化後、JR各社は長年運用してきた485系の改修を行ないます。車内設備の更新のほか、それぞれの地域や列車によって顔をアレンジし、全国統一のクリーム色に朱色の帯をまいた国鉄色から、色鮮やかなオリジナリティー溢れる塗装を施されるケースが多く見られました。

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲「北越」として運用された485系

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲「北越」として運用された485系

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲「白鳥」として運用された485系


「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲「白鳥」として運用された485系


“色”の変化から“形”の変化へ -ジョイフルトレインの流行-

国鉄民営化後、ただ移動するだけではなく「列車に乗ることの楽しさ」も味わっていただこうと、座席がお座敷だったり、カラオケが付いていたり、ディスコ車両やゆったりしたソファーでくつろげるサロンカーが付いていたりと、移動時間も旅行の楽しみのひとつになることを目的とした「ジョイフルトレイン」が次々と登場。当初は、運用が減少した客車を改造した車両が多く見受けられましたが、ジョイフルトレインも運用が容易な客車から電車へと変化していったのです。

さらに、JR各社が新型特急車両の製造によって余剰となることが多くなってきた485系は、直流区間も交流区間も両方走れることから、「ジョイフルトレイン」に“形”を変え各地で走り始めるようになりました。主に、臨時列車や団体列車、旅行会社による貸切列車などで利用されるケースが多く、いままでにないコンセプトによって誕生したこともあって「ジョイフルトレイン」での活躍は、鉄道に興味のない方の注目も集まりました。

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲ジョイフルトレイン「リゾートエクスプレスゆう」お座敷列車

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲ジョイフルトレイン「宴(うたげ)」お座敷列車(写真提供:JR東日本)

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲ジョイフルトレイン「宴(うたげ)」お座敷列車

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲ジョイフルトレイン「華(はな)」お座敷列車(写真提供:JR東日本)

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲ジョイフルトレイン「ニューなのはな」座席&お座敷列車

ジョイフルトレインの1つに「ニューなのはな」という列車があります。この「ニューなのはな」の車体は、新造時に既に運用されていたお座敷列車「華」と同様の車体とし、パンタグラフ取付箇所の低屋根化を実施。これによりトンネルが狭い中央東線の通過にも対応可能となり、2011年には信州キャンペーン実施時に長野~茅野間で臨時快速として運行された実績もあります。 車内構造は、乗車人員や用途に応じて、「クロスシート(BOX席)」と「お座敷」の転換が行える仕様となり、車内の片側半分をお座敷、反対側をBOX席という配置で運行されたこともありました。 このようなお座敷と座席の2種類を転換可能とする機能を持っているのは、この「ニューなのはな」の最大の特徴といえます。

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲ジョイフルトレイン「ニューなのはな」座席&お座敷列車(写真提供:JR東日本)

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲「ニューなのはな」お座敷使用時の車内の様子(写真提供:JR東日本)

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲ジョイフルトレイン「ニューなのはな」座席&お座敷列車(写真提供:JR東日本)

時代は“形”の変化から“質”の変化へ

近年「列車に乗ることを目的とした旅」が再び注目を集めるようになり、メディアでも取り上げられることが多くなりました。JR東日本が開発中の「四季島」や、JR西日本が開発中の「トワイライトエクスプレス-瑞風-」、JR九州で運行中の「ななつ星in九州」など高級志向の豪華寝台列車をはじめ、「或る列車」や「A列車で行こう」など九州各地を走るさまざまな観光列車、首都圏の私鉄では大変めずらしいケースとなる西武鉄道の列車レストラン「52席の至福」など、女性のお客さまからも人気を集めている列車がとても多くなり、団体向けの「ジョイフルトレイン」から個人向けの「観光列車」の時代へと移り変わりはじめています。

「リバイバルはつかり」として復活した時の583系

▲富士急行8500系「富士山ビュー特急」

「ジョイフルトレイン」と「観光列車」の違いは、その開発コンセプトにあります。「ジョイフルトレイン」への開発(改造)が盛んに行われた時代は、1980年代から1990年代にかけて、ちょうど日本がバブルに向かって突き進んでいた時です。当時は、社員旅行など大人数での団体旅行の需要がとても高く、車内設備も団体で利用されるお客さまを意識したつくりになっていました。しかし、近年は団体旅行の需要が大幅に減少し、逆に2人~3人の個人旅行や、女性グループの旅行が昔に比べ大幅に多くなってきたことから、時代の流れとともにジョイフルトレインは、当初想定していたコンセプトと利用実態に“ズレ”が生じる結果となり、少しずつ存在感が薄れていったのです。


さよなら!「ニューなのはな」

485系の登場から約40年以上が経過した今、ここ数年で全国各地の車両があっという間に近代製造された車両に置き換わり、つい先日「国鉄色」と言われるクリーム色に朱色の帯をまいた塗装の車両がラストランを迎え話題になりました。 そして、いよいよ「ニューなのはな」も今年8月の運行をもって引退することが発表されました。

残り少なくなった485系に乗れる貴重なチャンス!ぜひこの機会に乗りに行きましょう!

石岡 武
株式会社 小田急トラベル国内旅行部
「鉄道で旅行し、その土地の美味しいものを食べる」これがプライベート旅行のコンセプト。企画にも盛り込めるように頑張っています。

※ページ内の画像はすべてイメージです。

Facebook

小田急トラベル公式
Facebookページ

旬な「おすすめ旅情報」を随時発信中!
ツイッター

小田急トラベル公式
ツイッター

みんな、フォローしてね。
お問い合わせは小田急旅の予約センター03-3379-6199
ページトップへ戻る

行き先を選ぶ

オンライン予約はこちら
予約記録確認や、お支払い手続き ご連絡先等の変更はこちらから!

メールマガジン

ソーシャルメディア

小田急旅の予約センター

箱根伊豆03-3379-6124 国内旅行03-3379-6199
海外旅行03-3379-2155

営業時間:10:00~18:00(土日祝も休まず営業/年末年始を除く)

表示形式

パソコンモバイル
ページトップへ戻る